荒野の狼

気張らずにありのままの自分でいよう。

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2011年07月

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主の望むこと

                                   主の望み
          主はいばらの中に咲いてうるわしきかおりを放つ白百合のように美しい
              
                   


先日、あるブログに目が留まりました。
それは、統一教会に最愛の妻を盗られ平和だった家庭は崩壊、あげくの果てお決まりの借金地獄、残された幼い娘さんと必死でこのカルト宗教から妻を救い出そうと必死になっている人の涙ぐましいブログでした。
彼は常にこう言います。「妻はとてもめんどうみのいい優しい人です。愛情の深い人です。だから必ず救いだしてみせる!」  私はこの人の奥さんはカルト宗教という強盗にあって大切な優しい心の宝物を盗まれてしまったのだと思いました・・・・・・その時こんなこと感じた。   『善きサマリア人』の話が心に浮かんできました。         http://blogs.yahoo.co.jp/rescue_tkk/8820027.html
 
今、カルト宗教に囚われた多くの人たちを救い出したく又カルト宗教に囚われないように注意を呼びかけ、立ち上がっている人びとがいるのです。:
 
ある時、知り合いの熱心なクリスチャンにこう質問しました。「今、多くのカルト宗教の為に苦しめられている人たちがいます。その人たちをどう思いますか?」とたずねました。
その方は、教会の奉仕活動にも熱心で、仕事も老人介護の福祉活動の仕事をなさっている、素晴らしい優しさの溢れる方です。
その方から返ってきた返事は 「そのことは、只々神様にお任せし、委ねるばかりです。」
私はすこし寂しくなりました。今の教会の人たちってこんなもんだろうなぁ・・・・・・・・。
 
自分たちの教会を少しでも発展させようと熱心に奉仕活動する。新しい人が礼拝に来るとみんなでニコニコ顔で「よーくいらっしゃいました!」と招き入れる。それは悪いとは言いません。
クリスチャンて都合がいいなぁって思ったことがあります。
「はい!あなたの為に祈りましょう!神様に委ねましょう!」これですべてが収まっちゃうものね!
全てが自分の教会の中だけのこと、そしてキリスト教境界の中だけのこと、悪いものを取り込まないように神経をとがらせて保身にはしるのが多い。(中には外で苦しんでいる人たちへ救いの目を向けている人たちもいます。1パーセントだけどね。だから日本に宣教率が1パーセントなのかなぁ)


善きサマリア人イメージ 1
ルカの福音書10章30〜35
10:30 イエスは答えて言われた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下る道で、強盗に襲われた。強盗どもは、その人の着物をはぎ取り、なぐりつけ、半殺しにして逃げて行った。
 10:31 たまたま、祭司がひとり、その道を下って来たが、彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
 10:32 同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
 10:33 ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、
 10:34 近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。
 10:35 次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』


強盗にあった人が身ぐるみ剥がされ傷ついて倒れていた。最も神を愛しているはずの、祭司とレビ人は関わりになるのを恐れて見て見ぬふりをして反対がわの道を歩いて通り過ぎて行った。
はたして!感じませんか?・・・・・・・最も助けて上げなくてはならないのは、神さまを愛する司祭やレビ人ではなかったのではないでしょうか!神様を愛する!
救ったのは・・・・・・・ユダヤ人が軽蔑し嫌っているサマリア人だったのです。
これを聞いて何を感じましたか?
『YOU DID IT TO ME』
 25:35 あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、
 25:36 わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです
 
愛するイエスさまはあなたに何を望まれていますか?イメージ 2
素晴らしい礼拝ですか?
教会を大きくする為の献金ですかそして奉仕活動ですか?
 
今キリスト教境界外にカルト宗教によって傷つき倒れている子羊が大勢います。
あなたは最も神を愛しているはずのあの祭司やレビ人をどう思いますか?
愛するイエスさまはあなたに何を望まれていますか?
 
 あなたは最も神を愛しているはずのあの祭司やレビ人をどう思いますか?
      愛するイエスさまはあなたに何を望まれていますか?

自然と人

 
自然と人イメージ 1


被災者がこんなことを言っていた。「相手が自然だもの・・・・・、賠償しろ!って裁判かけるわけいかないもの、
だから、俺たちは前を向いて歩きださなければだめなんだよ!」 この人は小さな居酒屋をやっていた。
小さな店だけれど大勢の常連さんでにぎわっていて、いつも笑いの絶えないお店だったらしかった。
跡形もなく流された居酒屋の場所に立って、過ぎ去った日々を懐かしむように、お酒を出す仕草をしていた。
そしてこう言った「今やらなければいけないのは、人が集まれる場所をつくることだよ」、以前の居酒屋のように、「酒を飲み話をしながら笑える場所をつくることが大切だと思うんだ」
それで、小さな部屋を借りて居酒屋を開いていた。当然、儲けなどは無いけれど、そこに一人、二人と集まって
今は来る人も増えて、お互いの傷ついた心を思いやりながら、笑顔も交わしあえるようになっていた。
イメージ 4 
 
マザー・テレサも「どんなに辛い時でも笑顔は絶やさないように」と言われているように、笑顔は復興への大きな力になっていく。
その人の背景にはあの日の海とは違う、穏やかな海が映っていました。
 
テレビ報道を見ながら復興への力が色々なところから湧き上がってくるのを感じました。
自然とは時には、非情な仕打ちを私たち人間に加える。、その強烈な力の前に、人間は打ちひしがれ、自然を畏れ敬い謙遜を知る。 そして又人間は、その自然によって癒されるのです。
 
仙台のある川に蛍が飛んでいました。人はその二・三匹の淡い蛍の明かりに希望の光を見。
被災地の明かりの消えた暗い夜空に、今まで見たことのない満天の星が輝き出す。
 
人間は自然の前で謙遜を知る。
人間の傲慢な知恵は原発を生み、今、自然の力の前に意図も簡単に砕かれた。
ある科学者の言葉を思い出す。
『もし原子の光が少しでも人に危害を与えるものならば、私は「たいまつ」の光を選ぶ』
イメージ 2
 
 
主はこう言われる。
知恵ある者は、その知恵を誇るな。
力ある者は、その力を誇るな。
富ある者は、その富を誇るな。
むしろ、誇る者は、この事をほこるがよい
目覚めてわたしを知ることを。
わたしこそ主。
この地に慈しみと正義と恵みの業を行う事
その事をわたしは喜ぶ、と主は言われる。      エレミヤ書9章22〜23節
イメージ 3
 
 
 
       人は自然によって癒される
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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